娘がデビューした。12歳。
12年前、産まれた時に心臓の病気で生後1ヶ月で手術をした。担当医に「俺はどうなっても構わないから俺の心臓を使ってくれ」と言ったら「逆に死にます」とかえされた。
いや、そのくらいの気持ちだったんだ。
この子には本当に幸せになってもらいたくて大切に育てた。どこか行きたい所はないか?
と聞くと、いつも「パパのプロレス見に行きたい!」と言うので出来る限りは連れて行って見せてきた。負け続ける俺を見てカッコイイカッコイイと言い続けた。
パパのお友達みんなカッコイイと、その頃ダムズさんに沢山出させて頂いていたのもあり、佐々木さん・葛西さん・竹田さんの大ファンに。小学校にデスマッチのTシャツだけは着ていくなと注意するとデッカク「殿」と書いたTシャツで登校した。歌が上手く、ダンスも上手。将来は可愛い服着て歌手とかダンサーとかやるのかなぁ…と。
それが見てよこの写真!!
こんなアンダーグラウンドな薄暗い怪しい地下のライブハウスでマスク被って…
めちゃくちゃカワイイやん🔥世界一可愛い🔥
当初「究極の親(娘)喧嘩」というテーマで
CoCo vs ネグロのシングルマッチでデビューする予定だったが、最後の最後までイメージがまとまらず、前日(12時過ぎてたから当日だな…)カードをMYWAY vs シクレべ の対抗戦にカード変更。
もちろん彼女のポテンシャルや能力を見込んでの事。
半年前に腕を骨折するという事故がおきた。私の指導力の未熟さによる事故。
そこから道場練習が変わった。
ジャックの練習に何とか付いていき、ヘコたれてはケツを叩かれ当たり前だが中学一年生の娘は学校では誰よりも足が早く運動能力も高い。
ハイスタンダードな日常。
とうとうデビュー戦を掴んだ。
東京でデビューさせたかったのでは無く、タイミングがそこだった。
親バカと言われたら仕方がないが、対抗戦はぐちゃぐちゃにされたけど、それが許される「何か」を持った選手だと思う。
リングに立ってしまえば上も下もキャリアも国籍も性別も関係ない。アルティメットボストンクラブでCoCoからタップを取り、それでもやるのかと確認すると「いつかメキシコで試合がしたい」と。
いつも彼女には驚かされる。
親ってのは子供の事を全て知ってる気になってるだけで何にも知らないんだな。
みんなに見守られてのデビュー戦。
発表してから、沢山の選手・関係者・ファンの皆様よりメッセージや愛を頂いた。
会場にはシークレットベース様より綺麗なお花を頂いた。
そして急遽当日この試合にマッチスポンサーがつく。俺も聞かされて無かったのだが、
「CoCoデビュー戦のマッチスポンサーは、プロレスリングFREEDOMS佐々木貴様!!」
会場がどよめく。
リング上には清水さん・HANAOKAさん・HIPHOPMANそしてユーキさん。
なんだこの業界ってこんなに素晴らしい人達で出来てんだなってまた教えられた。
ルチャ馬鹿親父の悪影響で育ち、ルチャ馬鹿兄貴の背中を見てこんなに素敵で素晴らしい方々に見守られて彼女はルチャドーラになりました。
人の前で何かを伝えるという事は生半可な事ではない。
最後の最後までプロレスラーになる事を反対していた世界一頭が硬い俺からデビューを掴んだ事。
その気持ちと行動力と信念を忘れないでください。あなたはMYWAY初の生え抜きオリジナルルチャドーラです。誇りを持って誰かの夢になれる様に自分を磨いてください。
あなたは俺達の誇りです。
暖かく見守ってください。
皆様よろしくお願い致します!!








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