2021年 流行病が広がり始める頃、
俺は中学3年生のジャックと
メキシコ行きの飛行機を準備し、
パスポートも取り、
7月末から来る夏休みに向け準備を進めていた。
結局その年にメキシコには行けなくなり、
それでも「笑顔」で夢を掴む為、色んな事やった。
俺なんかよりずっと落ち込んでいるであろうジャックの前で暗い顔なんてしてられなかった。
そんな時にユウキさんがL.M.Oを設立。
メキシコに行きたくても行けない人の為に大会に来た人がメキシコを感じれる大会をして行きたいと。
2021年8月9日に第一回を開催。
会場はメキシコの飾り付けがあり、ラッパやマドラカがカラカラなって、富山さんがメキシコの民族衣装を着てソンブレロぶら下げてスペイン語でコール。

メキシコ経験者やMYWAYからもメキシコ経験者ではない選手も沢山出場させて頂けた。
若い選手にも、もっともっと メキシコ行きたい!
という気持ちを引き出す為に、
もっともっと ルチャリブレが好きだと思わせる為に
使ってくれたと思っている。
L.M.Oに想いを詰めた。
俺なりにスペル・ムニェコさんの追悼もリング上でする事が出来た。
(第一回DVDにムニェコ ムーブをする俺が映ってるよ(笑))

第2回は2022年2月12.13日の2days。
2021年年末に背中を圧迫骨折し、リハビリ中に「ネグロは試合出来なくてもエプロンに立てるならトリオ トーナメント出てくれ」とユウキさんに言われた事は絶対に忘れない。
必ずここで復帰すると誓い3ヶ月で復帰。
背中はコルセットでガチガチだった。
ドラゴンユウキ・ビオレントジャック・ヴァンヴェールネグロで挑戦。頼もしいパートナートリオ。
1回戦を突破。

3月には福岡でMYWAYとL.M.Oの合同興行
Battle Scope「Fiesta」を開催。

6月は王子大会。
俺達のチームは2回戦を突破するもジャック(小さい方)のチームが後のチャンピオンチームに敗退。
ユウキさんと2人で水面下で進めて来たメキシコ行きをジャックにサプライズで伝えた。
「もっと強くなるぞ!!」
これは俺自身にも向けた言葉だった。
ジャックの為にも俺がトーナメント勝ってやる。
そんな気持ちだった。
そしてメキシコ遠征をへて
9月にL.M.Oトーナメント決勝戦。
敗退。

CHANGO・HANAOKA・アミーゴ鈴木組は強かった。
悔しかったな。
カッコ悪ぃな。
メキシコで強くなって来たつもりだった。何が足りなかったのか?とにかく荒れた。
でも、そこからの目標はL.M.Oのトリオ王者になる事だった。
翌2023年5月21日王子大会。
メインの防衛戦を見てわかった。
「このチャンピオンチームって、めちゃくちゃルチャリブレ好きだな。」
これだよな。
これしかない。
大事なのはルチャリブレ愛だって。
この日来日してたドラゴさんとHIPHOPMANからもルチャリブレ愛をバシバシ感じた。
そして9月18日、最後だと言うL.M.Oの大会でルチャリブレ愛爆発で何とか勝てた。
日本全国遠くからも応援に来てくれたりマッチスポンサーしてくれたり紙テープや打ち上げに参加してくれたアミーゴ・アミーガにも感謝です。
俺は一緒に掴み取ったと思ってる。

親子トペ。

いい写真

ありがとう。
2021年8月9日にL.M.Oが第一回大会を開催。偶然なのかジャックと俺がメキシコに居るはずの時期だった。
その夜を凄く覚えてる。
赤羽の135酒場で語り合った事。
ジャックとユウキさんと「来年一緒に行こう」と約束した。
そのちょうど翌年、2022年8月9日俺達3人はメキシコに出発したんだよ。凄くない?
嘘の様なストーリーがこの2年で渦巻いた。
この物語が全てL.M.Oがなければ無かったという事。
ベルト取ったら叫びたかった言葉。
「L.M.Oはやめません!」
叫べなかった。
だから俺はこのL.M.Oのトリオベルトを高める為にまた走り始めるよ。
メキシコにも持っていくし、国内のルチャリブレ愛を持った人達と闘いたい。
そして、ルチャリブレを愛する仲間とお客さんを増やし続けたい。
ルチャリブレはそんなに狭い世界じゃない。
必ずまた。
ユウキさん。
とりあえずお疲れ様でした。
物語の続きを。

Viva Mexico.
viva L.M.O.
Cabrones!!
Muchas gracias.
Nos vemos 「L.M.O」

俺は中学3年生のジャックと
メキシコ行きの飛行機を準備し、
パスポートも取り、
7月末から来る夏休みに向け準備を進めていた。
結局その年にメキシコには行けなくなり、
それでも「笑顔」で夢を掴む為、色んな事やった。
俺なんかよりずっと落ち込んでいるであろうジャックの前で暗い顔なんてしてられなかった。
そんな時にユウキさんがL.M.Oを設立。
メキシコに行きたくても行けない人の為に大会に来た人がメキシコを感じれる大会をして行きたいと。
2021年8月9日に第一回を開催。
会場はメキシコの飾り付けがあり、ラッパやマドラカがカラカラなって、富山さんがメキシコの民族衣装を着てソンブレロぶら下げてスペイン語でコール。

メキシコ経験者やMYWAYからもメキシコ経験者ではない選手も沢山出場させて頂けた。
若い選手にも、もっともっと メキシコ行きたい!
という気持ちを引き出す為に、
もっともっと ルチャリブレが好きだと思わせる為に
使ってくれたと思っている。
L.M.Oに想いを詰めた。
俺なりにスペル・ムニェコさんの追悼もリング上でする事が出来た。
(第一回DVDにムニェコ ムーブをする俺が映ってるよ(笑))

第2回は2022年2月12.13日の2days。
2021年年末に背中を圧迫骨折し、リハビリ中に「ネグロは試合出来なくてもエプロンに立てるならトリオ トーナメント出てくれ」とユウキさんに言われた事は絶対に忘れない。
必ずここで復帰すると誓い3ヶ月で復帰。
背中はコルセットでガチガチだった。
ドラゴンユウキ・ビオレントジャック・ヴァンヴェールネグロで挑戦。頼もしいパートナートリオ。
1回戦を突破。

3月には福岡でMYWAYとL.M.Oの合同興行
Battle Scope「Fiesta」を開催。

6月は王子大会。
俺達のチームは2回戦を突破するもジャック(小さい方)のチームが後のチャンピオンチームに敗退。
ユウキさんと2人で水面下で進めて来たメキシコ行きをジャックにサプライズで伝えた。
「もっと強くなるぞ!!」
これは俺自身にも向けた言葉だった。
ジャックの為にも俺がトーナメント勝ってやる。
そんな気持ちだった。
そしてメキシコ遠征をへて
9月にL.M.Oトーナメント決勝戦。
敗退。

CHANGO・HANAOKA・アミーゴ鈴木組は強かった。
悔しかったな。
カッコ悪ぃな。
メキシコで強くなって来たつもりだった。何が足りなかったのか?とにかく荒れた。
でも、そこからの目標はL.M.Oのトリオ王者になる事だった。
翌2023年5月21日王子大会。
メインの防衛戦を見てわかった。
「このチャンピオンチームって、めちゃくちゃルチャリブレ好きだな。」
これだよな。
これしかない。
大事なのはルチャリブレ愛だって。
この日来日してたドラゴさんとHIPHOPMANからもルチャリブレ愛をバシバシ感じた。
そして9月18日、最後だと言うL.M.Oの大会でルチャリブレ愛爆発で何とか勝てた。
日本全国遠くからも応援に来てくれたりマッチスポンサーしてくれたり紙テープや打ち上げに参加してくれたアミーゴ・アミーガにも感謝です。
俺は一緒に掴み取ったと思ってる。

親子トペ。

いい写真

ありがとう。
2021年8月9日にL.M.Oが第一回大会を開催。偶然なのかジャックと俺がメキシコに居るはずの時期だった。
その夜を凄く覚えてる。
赤羽の135酒場で語り合った事。
ジャックとユウキさんと「来年一緒に行こう」と約束した。
そのちょうど翌年、2022年8月9日俺達3人はメキシコに出発したんだよ。凄くない?
嘘の様なストーリーがこの2年で渦巻いた。
この物語が全てL.M.Oがなければ無かったという事。
ベルト取ったら叫びたかった言葉。
「L.M.Oはやめません!」
叫べなかった。
だから俺はこのL.M.Oのトリオベルトを高める為にまた走り始めるよ。
メキシコにも持っていくし、国内のルチャリブレ愛を持った人達と闘いたい。
そして、ルチャリブレを愛する仲間とお客さんを増やし続けたい。
ルチャリブレはそんなに狭い世界じゃない。
必ずまた。
ユウキさん。
とりあえずお疲れ様でした。
物語の続きを。

Viva Mexico.
viva L.M.O.
Cabrones!!
Muchas gracias.
Nos vemos 「L.M.O」

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